#19 ゲーム制作のターゲットを「身近な一人」から考える:内輪ネタから面白さを広げる

どうも、いしだです。
突然ですが、AIで作りっぱなしのゲームを、そのまま友人に遊んでもらいたいと思いますか?

暇つぶしなら、それでも十分かもしれません。
しかし身近な誰かを本当に楽しませようとすると、ゲームにはその人に向けたネタや一緒に楽しんだ想い出が自然と入るのではないでしょうか?

そこで今回は、最初から万人を狙わず、まずは身近な一人を楽しませるというコンセプトでゲーム制作を考えてみます。

この記事で考えたい3つのポイント

  • 最初から広いターゲットを考えず、まず身近な一人を楽しませる
  • 内輪ネタや好きなゲームを参考にするところからでも、楽しさの種は見つけられる
  • 身内だけに通じる部分を分析し、知らない人にも伝わる形へ広げる

 

ゲーム制作は「誰か一人を楽しませる」から始めてもいい

ゲームを企画するとき、「10代向け」「パズルゲームが好きな人向け」のようにターゲットを決める方法があります。世の中にリリースする以上、最終的に誰に遊んでもらうのかを考えることは大切です。

ただ、ミニゲームに関しては、もう少し身近なところから考えてもいいと私は思っています。
たとえば友人一人に遊んでもらうとしたら、「この人は何を面白がるだろう」と自然に考えます。

共通の話題をゲームに入れるかもしれませんし、その人なら分かるネタを文章に仕込むかもしれません。ゲームオーバーになったときの演出ひとつでも、「こうしたら笑ってくれそうだ」と考えて作るようになります。

AIでも簡単な暇つぶしゲームなら作れます。それを短時間遊ぶだけなら、特定の誰かについて深く理解している必要もありません。

しかし、「この友人を楽しませたい」と相手が具体的になった途端、求めるものの粒度が変わります。

私は、そこに「人を楽しませるゲーム」を作る原点があると思っています。

 

私の原点は「アホアホマン」の必殺技で戦うゲームだった

私自身にも、身近な人を楽しませるためにゲームを作っていた原体験があります。
友人と、当時放送されていた「ダウンタウンのごっつええ感じ」のコント「アホアホマン」を題材にしたミニゲームを作ったことがありました。

いわゆる「サイコロバトル」のシステムで、アホアホマンの必殺技だけで戦うものです。
ゲームシステムとしては、とても単純なものでした。
それでも、友人と二人で遊びながらゲラゲラ笑っていたことを今でも覚えています。

なぜそんなに面白かったのでしょうか。

当時の私たちにとっては、「アホアホマン」という共通の話題がすでにありました。そのキャラクターを知っていて、何が面白いのかも共有しています。

だからゲームの中にそのネタが出てくるだけでも、その意味が伝わります。

これを紐解くと、「誰を楽しませたいのか」が決まることで、何をゲームへ入れればいいのかが具体的になっていく、ということです。

この段階では「爽快感を入れよう」「収集要素を入れよう」なんてことは全く考えていません。

 

好きなゲームを参考にしたり、仲間内のパロディから始めてもいい

また、身近な人を楽しませようとすると、既存のゲームを参考にした企画も自然に出てきます。
私は、ここから始めるのも悪いことではないと思います。

ポケモンが好きなら、コレクションゲームから考えてもいい

たとえばポケモンが大好きな友人に向けてなら、最初の動機が「ポケモンみたいなゲームを作りたい」でも構わないと思います。

なぜなら、二人とも元になったゲームのどこを楽しいと感じているのか、すでにある程度共有できているからです。

そこから「コレクションが楽しいのか」「育てるのが楽しいのか」と考えていけば、元作品そのものから少しずつ離れていけます。

ヴァンサバが好きなら、大量討伐ゲームから考えてもいい

Vampire Survivorsが好きな仲間なら、「大量の敵を倒すゲームを作ろう」と考えるのも同じです。
大量の敵を一人でガンガン倒すところなのか、短時間でどんどん強くなっていくところなのか。

そこから自分たちが特に好きな部分を取り出して、別の題材や仕組みへ持っていけば、企画は少しずつ自分たちのものになります。

「ただの劣化パクリ」では終わらせない

ただし、大事なのは「ただの劣化パクリ」にならないことです。

私が大切だと思うのは、自分たちなりに何を足すのか、あるいは何を変えるのかです。

既存のシステムをベースにしながら別の遊びを加えたり、自分がもっとこうだったら楽しいと思った部分をブラッシュアップしたりすることで、いわゆるフォロワー作品として独自の価値を作ることはできます。
オリジナルで不満だった点を自分なりに解消するのも大きな手でしょう。

また、好きな作品から雰囲気や発想の方向性に影響を受けても、ゲームシステム自体は別のものになることもあります。

最初のきっかけまで独創的である必要はない、と私は思っています。

重要なのは、好きなものを入口にしたあとで、自分たちは何を面白いと思ったのかを考えることです。

 

内輪ネタは「なぜ面白かったか」を抜き出して広げる

さて、ここからは世界中へのゲームリリースに向けた一歩進んだ話。

身近な人だけを楽しませるなら、内輪ネタのままでも成立します。
しかし世の中へゲームをリリースするとなると、そのままでは伝わらないことも多々あります。

たとえば、学生時代の友人同士で「学校の先生を倒すRPG」を作ったとします。
実在する先生を知っている仲間なら、それだけで盛り上がれます。
ところが、その先生を知らない人が遊んでも同じようには感じません。
これは完全に内輪ネタゲームです。

そこで必要になるのが、「なぜ自分たちはこれを面白いと思ったのか」を分析することです。
先生本人のキャラが面白いのか。
それとも、普段は逆らえない相手をゲームの中では倒せることが気持ちよかったのか。

もし前者なら、その先生のようなおもしろキャラを登場させる。
もし後者なら、逆らえない憎まれキャラを登場させる。

架空の厳しい教師を敵にしてもいいでしょうし、もっと別の「普段は逆らえない存在」へ置き換えることもできます。

・内輪の面白さを一般化する

最初のアイデア 何が楽しかった? 広げるなら
学校の先生を倒すRPG 普段ムカつく相手を倒す爽快感 架空の強敵へ置き換える
二人だけの悪ふざけネタ 会話のノリや関係性 ゲーム内で似た体験を作る
ポケモン風のゲーム 発見やコレクションの楽しさ 独自の収集対象やルールにする
ヴァンサバ風のゲーム 大量討伐や成長の気持ちよさ 別の題材や仕組みを加える

私は、ここが内輪ネタから一般向けのゲームへ広げるときのポイントだと思っています。

身近な一人を楽しませる → なぜ面白かったか考える → 固有のネタと楽しさを分ける → 楽しさを別の題材へ移す → より広い人へ届ける

身近な一人を楽しませる → なぜ面白かったか考える → 固有のネタと楽しさを分ける → 楽しさを別の題材へ移す → より広い人へ届ける

 

面白さのチェックリストは、そのあとで使えばいい

以前、このブログではゲームの面白さを「惜しさ」「上達感」「爽快感」など12の要素に分けて考えました。

ただ、今回の話はそれよりも前の段階での話です。

身近な人を楽しませようとゲームを作るときは、最初から「今回は期待感と愛着を入れよう」と考える必要はありません。

私にとって面白さのチェックリストは、ゲームを作り始めるための必須条件というより、作ったゲームに要素を足す時のヒント集に近いものです。

まずは作りたいものを作り、身近な人を楽しませるために好きなものを入れる。そのあとで「何かもの足りない」と感じたときに、チェックリストを眺めればいいくらいのものです。

 

まとめ:一人を楽しませた経験から、面白さを広げていく

ゲーム制作では、最初から大きなターゲットを想定しなくてもいいと私は思っています。
特にミニゲームにおいては、まず身近な一人を楽しませるアプローチも大いにあり。

その相手が好きなゲームを参考にしてもいいですし、二人だけに通じる内輪ネタから始めても構いません。
そして本当に楽しませようとすれば、「この人には何が面白いのか」を考えるようになります。

そして世の中へ公開するときには、そこで一度、なぜ自分たちはこのゲームを楽しいと思ったのかを考えます。
内輪にしか伝わらない固有の部分を外し、その奥にある楽しさは消さない。

例えば私が昔作ったアホアホマンのゲームも、そのままでは友人と私だけの思い出です。
しかし、「共通して好きなものをゲームにして、一緒に笑う」という原点は、今のゲーム制作にもつながっています。

AIでゲームの骨組みを簡単に作れるようになったからこそ、「誰を楽しませたいのか」を考えることに、「人間臭さ」が生まれるように感じます。

今日はこんなところで
それではまたー

 

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