どうも、いしだです。
今回は#19でもお話した「身近な一人を楽しませる」というテーマで作ったゲームについて。
中学生の頃、友達の「のりおくん」を笑わせるために作ったゲームがありました。
『ダウンタウンのごっつええ感じ』のコント「アホアホマン」の必殺技で戦う、とても単純なサイコロバトルです。
30年以上経った今、その遊びをカードバトルとして作り直しました。
CodexやTTS等を使い、3日ほどかかりました。
この記事のポイント
- 友達一人を笑わせるために作った遊びが、今回のゲームの原型
- 昔のサイコロバトルをカードに変え、少しだけ読み合いの要素が生まれた
- 必殺技のボイスや効果音を加えると、思っていた以上に笑いになった
中学生の頃、友達一人を笑わせるために作ったゲームが原型
「アホアホカードバトル」の原型を作ったのは、私が中学生の頃です。
当時、友達の間で「アホアホマン」を見て、マネをしたりして、よくゲラゲラと笑っていました。
そこで私が作ったのが、アホアホマンの必殺技を使って戦うゲームです。
今回のようなカードバトルではありません。当時は鉛筆を6面サイコロとして使い、必殺技同士の相性によって勝敗が変わるような、とても単純な遊びでした。

昔遊んでいたサイコロバトルのイメージ
最初はカードゲームではなく「サイコロバトル」だった
今振り返ると、このゲームには立派な企画書も、明確なターゲット分析もありませんでした。
目的はとても単純です。
のりおくんを笑わせたかった。
というたった一つのテーマ。
アホアホマンの変な必殺技をゲーム化するだけの、そんな発想から作ったものです。
実際、大してゲーム性のないゲームを、二人で遊びながらゲラゲラと笑っていました。
ゲームとして洗練されていたかと言われれば、そんなことはなかったと思います。サイコロによる運の要素が大きく、現在のゲームと比べればプレイヤーが考えられる部分も少ないものでした。
二人でゲラゲラ笑えれば、その時点では成功だった
前回の記事#19では、
ゲーム制作のターゲットを「身近な一人」から考えるという話を書きました。
考え方を振り返ってみると、私は中学生の頃から似たことをしていたように思います。
最初から大勢に遊んでもらおうと考えるのではなく、目の前にいる友達が何を面白がるのかを知ったうえで、そこへ向けてゲームを作っていました。
今回のアホアホカードバトルは、その原体験を30年以上経って作り直したものです。
ただし、同じものが誰にでも面白いとは限りません。
実際、このゲームも「アホアホマン」を知っている人と知らない人では、受け取り方が大きく変わります。
元ネタを知らなければ、ただ突然変な必殺技を叫ぶゲームにしか見えないかもしれません。
それでも、ゲームアイデアの出発点として「特定の誰かを笑わせる」ことには意味があると私は考えています。
なぜなら、そこから「広く浅く」笑わせる範囲を広げていけば対象を広げられると思うからです。
昔のサイコロバトルを、カードバトルとして作り直した
今回、昔の遊びをそのまま再現したわけではありません。
原型にあった「必殺技同士の相性で戦う」という部分は残しつつ、サイコロをカードに変更しました。
ただし、ルールはとても単純です。
9種類のカードを2枚ずつ18枚がデッキとなっており、お互いにカードを1枚出して対戦します。
それを9回繰り返し、最後に獲得したポイントの合計で勝敗を決めます。

5枚のカードから1枚選ぶだけ
| 項目 | 中学生時代 | 今回 |
|---|---|---|
| 戦い方 | サイコロ | カード |
| 基本となる仕組み | 必殺技同士の相性 | 必殺技同士の相性 |
| 運の影響 | 大きい | 序盤は大きい |
| プレイヤーの判断 | 少ない | 終盤に増える |
| 必殺技の表現 | 頭の中で想像 | 音声・効果音・画面演出 |
ゲームの骨格自体は、今でも単純です。
単なる相性ゲームです。

相性によって結果が決定する
カードにすると、最後の方だけ少し読み合いが生まれた
サイコロからカードへ変えて良かったと感じたのは、使ったカードが情報として残るようになったことです。
序盤は相手がどのカードを出すのか分からないので、運に左右される部分が大きくなります。
しかし対戦が進むと、残りのカードは何かが分かってきます。
「まだこのカードが残っている可能性がある」といったことを考えられるため、終盤になるほどカード選びに意味が出てきます。
実際に遊んでみると、この程度の判断が加わるだけでも、私が想像していたより対戦は盛り上がりました。
昔の相性バトルを残しながらゲームとして少し面白くする方法として、今回はカードとの相性が良かったように思います。

終盤になると、残りカードから読み合いが生まれる
元ネタを知っている人が笑える部分を優先した
今回、一番重視した「面白い」はカードの駆け引きではありません。
元ネタを知っていたら笑えることです。
そのため、カードの種類や勝敗の仕組みを複雑にするよりも、必殺技が発動したときの見せ方に力を入れました。
必殺技そのもの以上に「叫ぶところ」が大事だった
私がアホアホマンを思い出したとき、特に印象に残っていたのが必殺技を叫ぶところでした。
そこで今回のゲームでも、技名を画面に表示するだけでは終わらせず、それらしい勢いで叫ぶ合成音声を作り、効果音と一緒に鳴らしています。
実際に音声と効果音を付けてみると、それだけでも思っていた以上にアホアホマンらしい雰囲気が出ました。
(音声は、アホアホマンっぽく叫んだ私の声が元になっています)
今回の中心は「笑える」
私がゲームの面白さを考えるときに使っているチェックリストで見ると、今回もっとも大きいのは「笑える」です。
チェックリスト的にいうと下記の4つでしょうか。
| 面白さ | 今回入っているもの |
|---|---|
| 笑える | パロディ(必殺技、叫び声、効果音) |
| 選択感 | 自分で出すカードを決める |
| 気持ちよさ | 必殺技発動時の音声と演出 |
| 期待感 | 今回は勝てるかも知れない |
ただ、これらを均等に入れたつもりはありません。
中心にあるのはあくまで「笑える」です。
カードバトル部分は、その笑いを見るための遊びとして機能しつつ、単なる演出鑑賞にならない程度に勝負を成立させる役割を持っています。
昔の思い出は、ゲームアイデアの材料になる
今回のアホアホカードバトルを作って、もう一つ感じたことがあります。
昔の遊びをゲームにするとき、当時の仕組みをそのまま再現する必要はないということです。
今回も、中学生の頃に作ったサイコロバトルを、そのままデジタル化したわけではありません。
サイコロはカードに変更しました。
一方で残したものもあります。
それは、必殺技同士を戦わせるという発想と、それを見て友達と笑った感覚です。
残したいのは「何が面白かったのか」
昔遊んだゲームや、自分たちだけで作った遊びを思い出したとき、表面的なルールだけを見ると古く感じたり、あまりにも単純過ぎることがあります。
そこで一度、自分は当時、何を面白いと思っていたのかまで分けて考えると、別のゲームへ移せる部分が見えてきます。
サイコロバトルの部分は壊して、楽しかった核を残すことを優先しました。
これは、他のゲームアイデアでも使える考え方だと思います。
昔好きだった遊び、マンガ、アニメ、お笑い、友達との内輪ネタなどをそのままゲームにする必要はありません。
そこから自分が感じた「面白い」を取り出して、別の仕組みや題材へ移すことができます。
今回のような二次創作をそのまま商品にする話とは別ですが、ゲームアイデアを考える材料として、自分の昔の記憶を掘り返すのは一つの方法です。
例えば、今回はアホアホマンという題材をそのまま使ったため二次創作にあたりますが、「必殺技を叫んだが、役に立たない」といった「笑いの構造」自体は、一次創作に流用できるわけです。
私自身、中学生の頃に作った遊びを30年以上経って再び作ることになるとは思っていませんでしたが、昔二人で笑ったあの時の感覚をまた得ることができました。
まとめ:身近な一人との思い出からでもゲームは作れる
今回のアホアホカードバトルは、ゲームシステムだけを見ればとても単純です。
9種類のカードを出し合い、9回戦のポイントを競うだけです。
それでも実際に作ってみると、カードにしたことで終盤には少し読み合いが生まれ、必殺技に叫び声と効果音を付けると想像していた以上に笑えるゲームになりました。
今回の制作から、私が改めて感じたこと
- ゲームアイデアの出発点は、大勢ではなく身近な一人でもいい
- 昔の遊びを作り直すなら、仕組みそのものより「何が面白かったのか」を考える
- 自分が感じた「面白い」を取り出して、別の仕組みや題材へ移すことができる
「アホアホカードバトル」の原型は、中学生だった私が友達一人を笑わせるために作った遊びでした。
30年以上経った今でも、そのとき二人で笑ったものを材料にゲームを作れたことは、私にとって面白い発見でした。
昔友達と遊んだものや、自分だけが妙に好きだったものの中にも、ゲームアイデアの種は残っているのかもしれません。
それではまたー



